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ここ1カ月半ほど、ほぼ毎日お通夜やお葬式を勤めております。また連日、瑞相寺には永代供養の相談に来られる方が多くいらっしゃいます。先月も20軒以上の方と新たにご縁を結びました。相談に来られる方は、もちろんそれ以上いらっしゃいます。その中でお断りする場合も少なくございません。「瑞相寺の永代供養にかける思い」を綴ってみました。

失礼な申し方ですが、瑞相寺の永代供養に申込んでいただくのを、お断りする場合も結構な軒数いらっしゃいます。永代供養納骨堂を遺骨の保管場所としか考えられない方、永代供養料を納めさえすればあとはどうでも良いと考えられる方、安ければ安いほど良いと考えられる方はもちろんです。

お金の面での心配はいりません。経済的なご事情がある場合は永代供養納骨堂への納骨以外も、葬儀式の導師や年忌法要などのご供養、すべてにおいて無償で行う旨を、どなたにもお話ししております。また実際にかなりの軒数を無償で行ってきました。皆さまお気持ちはしっかりある方です。瑞相寺の永代供養に申込んでいただく方、瑞相寺が葬儀の導師を行う方には、すべてそういった旨もお伝えいたしますし、様々な媒体で明文化してきました。お寺が心の支えになっても、負担になってしまっては意味がありません。瑞相寺では伝統的に、護寺会費、年会費、維持費、管理費、強制寄付、行事への強制参加、入檀料、離檀料等はございません。御布施に関してもすべて自由意志にお任せいたしております。経済的な事情のために、供養ができないということは、瑞相寺において一切ございません。

住職や副住職は必ず、永代供養を申し込んでいただくまでにお一人お一人とかなりの時間をかけてご相談をさせていただきます。お寺も、ご縁をいただく方のことをしっかりと知りたいですし、ご縁をいただく方に、お寺のこともしっかりと知っていただきたいからです。現在、ご自分や大切な方の身を案じて生前申込まれる方の方が、大切な方が亡くなってから申込まれる方よりも多くいらっしゃいます。少しでも長い時間をかけて、お互いの信頼関係を築いて参りたいので、申込んでそれで終わりというのではなく、ご縁を結ばれた瞬間がスタートです。ご自分自身の命や、大切な方の命に関して、本当にどれだけたくさんの方が一生懸命考えられているかは、よくよく存じております。たくさんの大切な思いがつまったお墓です。

また、お断りする場合として、よくいらっしゃるのは、ご相談に来られた方に浄土宗のお念仏以外の確固たる信仰がある場合です。瑞相寺の永代供養は過去の宗旨宗派は一切不問なため、申込まれる方の過去の宗旨宗派は、浄土宗以外の方の方が多いです。しかし、申込んでいただいてからは浄土宗のやり方でご供養をさせていただきます。

瑞相寺の五つの使命の1番目に「お念仏のみ教えを通じて自他の命を見つめ 前向きな人生を歩んでもらう」と定めております。瑞相寺は浄土宗のお寺であり、瑞相寺の住職も確固たる浄土宗のお念仏の信仰がございます。私自身阿弥陀如来さまにどれほど救われてきたことでしょうか。お念仏のみ教えを通じて自他の命を見つめ 前向きな人生を歩んでいただく、というのは瑞相寺の僧侶の最大のテーマでもあります。永代供養に申込んでいただいた方が、少しでも前向きに歩んでいただけたら、これほどありがたいことはございません。たくさんの思いがつまったお墓には、365日毎日必ず誰かが「南無阿弥陀佛」とおとなえしてくださっております。住職自身、永代供養納骨堂「無量寿」の合祀墓に、死後は分骨してもらうつもりで、永代供養納骨堂「無量光」には、一番下の一番真ん中に、自分自身の区画も作りました。住職も一緒に入ります。私にも確固たる阿弥陀如来さまへの信仰があるので、死後は「南無阿弥陀佛」ととなえてもらいたいです。

先日永代供養のご相談をいただいた方は「私には〇〇宗の信仰があります」と明言されました。大変尊いことです。ぜひ、その信仰を大切にしていただきたいです。瑞相寺でもお檀家さまには信仰の自由を明文化しております。その上で浄土宗の教えを選択していただいております。浄土宗では他者の信仰する神仏を決してけなしてはならない、という決まりもございます。私も仏教、キリスト教、イスラム教、その他の宗教、生きている者が健全な方法で救われる教えであれば、すべて尊いものだと思っております。ご相談をいただいた方には、瑞相寺への申し込みを丁重にお断りし、他の所をご紹介いたしました。また、お葬式などについても悩まれていらっしゃったので、私の持つ情報はすべてお伝えいたしました。帰り際に「ご住職のおかげで、今日は本当に素晴らしい一日を過ごさせていただきました」とおっしゃっていただきました。瑞相寺とご縁は結ばれなくとも、少しでも瑞相寺に関わりを持ってくださった方が前向きになることができたら、私も嬉しいです。

生前瑞相寺の永代供養に申込まれる方がたくさんいらっしゃるということは、瑞相寺の住職や副住職、または次世代の住職たちに、自分の生前の生き方、葬儀、死後を託す方がたくさんいらっしゃるということに他なりません。「自分が死んだら住職に葬儀を挙げてもらい、瑞相寺に骨をうずめたい」と、永代供養に申込まれるたびに身が引き締まる思いです。瑞相寺の永代供養納骨堂に入られる方、入っていらっしゃる方が、文字通り「永代」に渡って安心していただけるように次の100年、200年、その先へとつないでいくことが、当代の住職の勤めだと思っております。